Initiativesくうねあの取り組み

2023.11.27

園庭なし、遊具なし、街が遊び場の保育園

くすの木の園児はよく歩く、という評判を聞き、何やらこだわりがありそうだと、創業間もない頃からのスタッフ、空本くみ園長(認定こども園くすの木東原分園)にお話しを聞いてきました。

くみさんがくすの木のスタッフになったのは開園二年目。
マンションの一階で園庭なし、遊具なし、玩具なしだったそうですが。
最初は戸惑ったのでは?一

「戸惑いというより、衝撃でした!
以前の職場が逆に何でもあったので本当に驚いて。
しょうがないので『何もない』を楽しんでました」

何もないを楽しむ?ですか一

「そう、園がとっていた新聞紙やいただきものの紙や段ボールを使ったり。
特に段ボールは素材の王様で何でも作れるんです。
こどもたちも近くのお店に段ボールをいただきに行くのが大好きで、もらえると『やった~!お宝ものゲット~!』って目をキラキラさせて、現代の子とは思えない喜びよう。
こどもはみんな研究してて、これは柔らかすぎる、やっぱりアマゾンがいいとか。
スタッフもこれは硬いから私たちでカッターで切っておこうとか、もう真剣そのもの。
あと、赤・青・黄色の3色の絵具が手に入った時、スタッフは中学生の頃に習ったのを思い出して、どんな色も出来るって本当だった~て大騒ぎ。
とにかく私たち大人も、こどももすっごく考えてました。
何もないようにみえるけど一生懸命探すと発見できるんです。
その時のスタッフの考えてる真摯な姿勢や
こどもたちの生き生きとした表情は、本当に格別です」

そして園児たちはよく歩くそうですね―

「まだ認可外だった開園当時から
『地域が園舎・園庭』というコンセプトで始まってたんです。
だから散歩は日課で、一生懸命歩いてるわけじゃなくて、いつの間にかいっぱい歩いてたっていうのが実感です。
ここから少し歩けば、パン屋さんにスーパー、水路にはカエルやザリガニ、足を延ばせば草すべりの川土手や木登り公園。
すごいでしょ!」

たしかに盛沢山ですね―

「安全に歩ける道を選んでますが、
スーパーの店長さんなんてわざわざ通りがかるのを待って、
ビニール袋いっぱいに詰めたみかんをくれたり、
ある日外遊びから帰ってきたこどもがネギを持ってて、
スタッフが『どうしたの?それ!』って聞くと、畑仕事していたおじいちゃんが
『お味噌汁に入れたらおいしいってくれた』と言ってお昼ご飯のお味噌汁に入れる気満々なんです。
キッチンスタッフもその気持ちに応えてくれて、大切な出来事になりました。
散歩していれば声をかけてもらうなんてしょっちゅうで
みんな顔見知りで見守られてるっていう感覚があります。
散歩って言うより街をねり歩く、街にどっぷり浸かってる、ってことですかね」

何もなかった衝撃から保育が変わり
今では地域のほうも変わってきているようですね―

「街の人は園のある暮らしが当たり前になってくる。園が地域に機能してくれていたら嬉しいです」

たくさん歩いてきて、今ではこどもたちにどう影響していると思いますか?-

「まず、体がしなやかです。木登りなんて見てたら自分の体を思い通りに動かせるっていうか、今はここまで出来るって個々の違いなりに自分が今持つ力をわかってる。
これって予測できない自然の中で遊ばないと身に付かない気がします。
それと、動く虫を追いかける動体視力もびっくりするほどいいし、
草木や野菜、虫なんかの知識も卒園する頃は親より詳しいです。
葉っぱや実なんか食べられるかどうかすぐに見分けます。
私たちスタッフも苦手だったり知らなかったりするから一生懸命です!
教科書もないし、こどもたちと一緒に毎日すっごく勉強します。(笑)」

逞しいですね―

「感受性にも驚かされます。
住宅地を歩けば、『いい匂いがする』ってふと立ち止まる。
家々に植えられている草花からの香りなんです。
その家のおばちゃんに声かけてもらったことも覚えてる。
また、今も忘れられないのですが
橋の上を散歩してて、ふんわりと風を感じた時
2歳児の男の子が『ねぇ、今、優しい風が通ったね』って言って。
それを聞いてたスタッフ同士がびっくりして顔見合わせ
『ほんとだねぇ』ってやっとの思いで応えたのを覚えています。
これって、遊具や玩具に埋もれて、与えられたことだけしてたら言えないんじゃないかなって思います」

歩くということですごいことが起こってる気がしてきました―

「歩くって、人の意思がとても発揮できるとも思ってます」

え?人の意思?―

「えぇ、歩けるようになるってことは、立ち止まることもできるってことですよね。
散歩してる最中、急にしゃがみ込んだりするんです。
『今ここ』で大事な何かが起こったように。
あの子たちは五感を研ぎ澄ませて季節や自然を感じているんだと思います」

どんな時ですか―

「田んぼを通った時とか。
不規則でかすかな円を描いて水が揺れてるんです。アメンボです。
いろんな虫もいるし、それをめざして鳥もくる、田んぼは生き物の宝庫です」

散歩は思いがけないたくさんの出会いがあるんですね―

「もちろん、大事な命を預かっているので事件や事故は回避しますが
散歩してるといろいろあって
見守りながらついてこられるおばあちゃんとかいて、
今の風潮では、つきまといかな?とかで不審者通報することもありますが、
どういう距離でどう対応するか、私たちもこどもも日々の肌感覚で学んで共有しています。
これも成長するときの大切な経験だと考えています」

くみさんもずいぶん変わりましたか?―

「最初に受けた衝撃はずいぶん前に消えちゃいました。
何もないのにある、しかも楽しい。私の中で保育で大事にしたいことが明確になりました。
この経験がもしなかったらと思うと危うかったかもしれないです。
変わったのは私だけではなくて
スタッフも、見守ってくれる地域のみなさんも、そして保護者の方も。
みんなこどもたちが変えてくれたんです」

くすの木の園児はよく歩く。は本当だけど、それが目的ではなくて結果だったようです。
園長の話を聞いいた後、たくさん歩いてきたような心地よい達成感がありました。
明日、公園まで歩いてみよう。

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