Columnコラム

2023.11.27

保育事業を手放したい業者の思惑とは。活発化する「保育のM&A」を考える

保育を取り巻く状況が、新たな局面に入ろうとしています。子ども家庭庁によると、今年4月1日時点での待機児童数は2680人と、5年連続で過去最少記録を更新 。保育所の新規開設などによる受け皿の拡大が奏功し、受け入れ人員を下回るケースも出てきました。

これだけみると、待機児童問題が深刻化していた約10年前と比べれば、保育を取り巻く状況は明るいと言えるかもしません。しかし、待機児童の減少は、あえてビジネス的に言えば「市場規模の縮小」と呼ぶことができます。

そんな状況下で、活発化しているのは、保育園(保育事業)のM&A(合併・買収)です。歯止めの効いていない少子化の進行も相まって、需要と供給のバランスが崩れかけている昨今。保育事業を手放そうと考える事業者が増えています。地域に根ざして当たり前のように存在し、牧歌的な運営ができていた頃とは比べられないような、保育園の「生存戦略」が求められる時代に入ろうとしているのです。

なぜこのようなことになっているのか。保育事業を手放したい事業者と、手に入れたい事業者の思惑とは何なのか――。いち事業者として、M&A活発化の背景やメリット、今後の懸念点などを考えてみました。

国が推進した「企業主導型保育事業」の失敗が相次ぐ理由

保育事業のM&Aが増えている理由の1つに、事業を「手放したい」と考える事業者の増加があります。では、なぜ増えているのか。それは、待機児童を取り巻く国の「ある施策」を振り返っていくことで見えてきます。

ここ10年、国は「待機児童の減少」を重要課題として掲げ、待機児童の受け皿整備が進みました。その中で注力してきたものの1つが、2016年より内閣府が始めた「企業主導型保育事業」の推進 です。

これは、企業が従業員の子どもを預かるために社内に保育所を設置したり、複数の企業が保育所を共同で運営したりする際に、国が助成金を支払うというもの。自治体の審査と認可が必要なく、社員以外の地域住民にも開放可能。一定の基準を満たせば、認可保育園並みの助成を得られるといったメリットから、開始から2〜3年、多くの企業が保育所の設立に奔走していました。

しかし、約7年が経った現在、企業主導型保育事業の成功事例をあまり見たことがありません。それどころか、保育事業を立ち上げた企業の多くが運営に行き詰まり、事業を譲渡するケースが後を絶たない状況となっています。一体、何が起きているのでしょうか。

理由は複数ありますが、1つは、職場の人間関係と保育所を切り離したいと考える親御さんが多いことが挙げられます。例えば、自分の子どもが上司の子どもに暴力を振るい、けがをさせてしまったら――。保育所でのトラブルが、社内での自分の立場を脅かすような出来事に発展してしまう危険性があることは、想像にかたくありません。トラブルを回避しようと、社内の保育所をあえて忌避する親御さんが多くいました。

上記以外にも、認可保育園に比べて保育の質が低かったり、そもそも保育所に保育士が足りていなかったり…といった基本的なサービスが成立していないケースも多くあります。そんな保育所に預けるくらいなら、地域に根ざしたより質の高い保育所(保育園)に預けたいと考えるのは当然のこと。こうした状況から、残念ながら、企業主導型保育事業の事業譲渡は、今後ますます増えていくと予想されます。

もう1つ、保育事業(保育園)を「手放したい」と考えている事業者がいます。それは、経営層が高齢化している上に、後継者がいない保育所。いわずもがな、地方では都市部に比べて少子化も加速度的に進んでいます。担い手がおらず、ビジネスとしても持続可能性がないと考えるなら、手放したいと考える事業者は増えていくのではないでしょうか。

保育園を「売らないか」と働きかける企業の思惑

保育事業を「手放したい」と考える事業者がいる一方、「買いたい」と考える事業者も一定数います。ここ1~2年、私が経営する株式会社くうねあにも「(保育事業を)売らないか」といった連絡をもらうことが増えてきました。こうした事業者は、一体どんな戦略で保育事業を買収しようと考えているのでしょうか。

当たり前ですが、保育を「買いたい」と考える事業者は、売り上げをしっかり残している保育園を買収しようと考えます。ですが、保育ビジネスの売上高は、年2~3億円程度が相場。5億円を売り上げれば、国内でも上位10%に入っていると言えるでしょう。お気づきの方も多いと思いますが、ビジネスとして、保育はかなり小さい市場と言わざるを得ません。

そんな市場で買収を行う企業の意図として考えられることと言えば、「規模の経済」を働かせること。待機児童の減少や少子化で市場規模が減少する中、同程度の保育園を大量に買収し、巨大化することでマネタイズを図ろうとする意図が見て取れます。

巨大化による保育への影響は後述しますが、後継者不足に悩む地方の保育園にとって、こうした買収戦略に救われるケースもあります。経営効率があがったり、社員の福利厚生が向上したりするといったメリットを大きいと考える事業者も多いでしょう。

止まらない「巨大化」の潮流、事業者が譲ってはいけないことは

地方での少子化や後継者不足が進む中、大企業からの買収を選んだり、小さい事業体同士で合併したりするなどのケースは、今後は増えていくと考えています。一方で、こうした流れの中で懸念されることが、保育の質低下です。

保育事業は、人と人との関係性で質が高まっていくサービスです。マニュアル化して商品を作ったり売ったりするビジネスとは違い、その時々で異なる人間(園児や保護者)とのコミュニケーションを深めていくことで質が高まり、利用者が増えていきます。

保育というビジネスを考えたとき、「人との関係性」にどの程度のリソースを注ぐかに経営者のセンスが問われるといっても過言ではありません。組織が巨大化する中で、マニュアル化や装置などによる省人化はもちろん大切です。一方で、事業者として、「何を守るべきなのか」を明文化せず、マネタイズに流れてしまっていては、将来的には保護者に選ばれない園になってしまうリスクがあります。

くうねあでは、名前の由来にもなっている「食う、寝る、遊ぶ」に関して、質の良い保育の提供に妥協しないことが信条です。社員の待遇や福利厚生に改善の余地はありますが、いずれは「保育士が最も稼げる場所」にできるよう、保育の質と同じくらい、経営にも向き合っています。

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