Columnコラム

2023.11.27

政府の「場当たり的対応」に潜む保育業界のリスクとは。園児のバス置き去り事故から考える

昨今、世間を騒がせた保育業界に関連するニュースといえば、園児のバス置き去り事件が思い起こされます。一昨年7月、福岡県中間市の保育園で5歳児が通園バスの車内に取り残され、熱中症で死亡。昨年9月には、静岡県牧之原市の認定こども園で3歳児が同じくバスに取り残され、熱中症で亡くなりました。

こども家庭庁によると、同年中に保育施設などで起きた事故(1)は過去最多の2461件。死亡事案は5件でした。待機児童の減少に歯止めを掛けようと政府方針により保育施設が増加する一方で、「保育の質低下」とも指摘されるような初歩的かつ重大なニュースが増えてきています。

人手不足、保育士の負担増、給与水準の低さ……。事件はあくまで保育業界の負が表出した氷山の一角に過ぎません。保育業界の「根本的な課題」を解決しなければ、初歩的なミスによる重大事案は増えていく可能性があります。今回は、昨今の事件・事故から、保育の現場で今、「本当に必要なこと」を考えていきましょう。

バス事故後、政府の対応がはらむ業界のリスク

昨年7月に発生した静岡県牧之原市でのバス置き去り事件を受け、政府は今年4月から、送迎バスに「安全装置」を設置するよう義務付けました。エンジン停止後にブザーが鳴り、車両後部にあるボタンを押して止める仕組みで、車内に園児を取り残していないか、保育士や運転手の確認を促す効果があります。

政府は安全装置の設置に際し、1台あたり上限17万5000円を補助。6月までの設置を促していましたが、同月末時点での設置率は55%にとどまりました。日本テレビによると、装置の取り付けに際する手間や、施設に通う子どもの特性に合わせた装置の選定が必要などの点から、設置が遅れているとのことです。(2)

こうした事故を受けた政府の対策を見ていて、私は「場当たり的な対応だ」と感じざるを得ませんでした。もちろん、「万が一」を想定した再発防止策を講じることに否定的なわけではありません。ただ、バス置き去り事件に照らして言えば、政府が講じたのは問題が生じた箇所に対する「対症療法」。問題の背景にある、保育現場の諸問題を解決する「抜本策」を講じているわけではありません。

静岡県や福岡県で起きた事件は双方とも、現場にいる人間からすると「初歩的すぎる」ミスが原因で発生しています。特に、子どもがいつ来園しても良いとされる保育園では、人数確認が業務における一丁目一番地。コロナ下ではバスの消毒などもしていますから、自動的に座席をくまなく見るようになっており、当たり前の業務を普通にこなしていれば、起こりようがありません。

こうした初歩的なミスによる事件の連発には、保育現場の労働環境の悪化が背景にあげられます。政府は待機児童を減らすべく規制緩和に踏み切り、定員以上に園児を受け入れるよう促進。企業主導型保育所も増え、保育現場は人員不足になりました。人手が足りなければ一人当たりの仕事量が増えるため、激務による離職を招く悪循環が起こります。

こうしたしわ寄せを受け、初歩的な業務すら怠るようになってしまった園で起きたのが、こうしたバス置き去り事件なのです。

低賃金、人手不足、職業倫理の不足…。種々の問題に対し、政府が一番最初に手をつけるべきだったのが「安全装置の設置義務化」だったのでしょうか? これにより、当たり前のことができている「普通の園」の業務が増え、さらなる負担に感じる保育士もいるのではないか、と想像できます。

政府の場当たり的な対応が現場の負担を増やし、さらなる重大事件の発生につながらないかが、これが、事件を見ていて真っ先に感じる懸念点です。

保育現場の声、届ける仕組み作りが急務

ではなぜ、政府は問題の根本解決を先送りし、「場当たり的対応」に終始しているのか。理由の1つには、政治に保育現場の声を反映する仕組みの不在があげられます。

例えば、業界団体がその筋の専門家を選挙に推薦し、当選に押し上げる…といった動きは、保育業界において希薄です。医療であれば日本医師会、建設業であれば日本建設業連合会など、様々な団体があげられますが、保育はそれ以前に、発言力を持った業界団体があまりありません。

政治家の輩出をはじめとした政界への発言力は、大きな事件や不祥事が起きた際の自浄作用として効果を発揮します。例えば建設業では2005年、「姉歯事件」をきっかけに建築基準法が改正され、建築基準値を満たしているかどうかの確認手続きが厳格化されました。法的な脆弱性となっていた「耐震偽装のしやすさ」を潰し、似た不祥事はあまり聞かれなくなり、効果を発揮しています。

その点、保育業界はどうでしょうか。今回の事件における現場の脆弱性は、通園バスの構造や安全装置の有無よりもむしろ、先述したような保育現場の疲弊や質の低下。しかし、問題解決の策を講じるはずの役所(政府)に現場のエキスパートが不在のため、本質的な手を打つことができません。

こうした「現場目線」の欠如が続く限り、バス置き去り事件のような重大事案は、形を変えて起こってしまうのではないかと危惧しています。

1. 子ども家庭庁によると、事故の定義は「死亡事故、治療に要する期間が30日以上の負傷や疾病を伴う重篤な事故等(意識不明(人工呼吸器を付ける、ICU に入る等)の事故を含む)」第1回 子ども・子育て支援等分科会|こども家庭庁 (cfa.go.jp) より

2. 日テレニュース 「幼稚園バスなどの“置き去り防止”安全装置 設置完了は約5割にとどまる こども家庭庁調査」 幼稚園バスなどの“置き去り防止”安全装置 設置完了は約5割にとどまる こども家庭庁調査(日テレNEWS) – Yahoo!ニュース

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