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大好きな絵本が一冊あればいい。ベテラン保育士が選ぶ、年齢別おすすめ絵本
本屋さんの絵本コーナーや図書館で、大量の絵本を目の前に「自分の子どもには、どの絵本が合っているんだろう…」と悩んだことがあるのは、筆者だけではないはず 。今回は、くすの木保育園で0歳児を担当する保育士の亀井佳代子さんに、年齢別におすすめの絵本を紹介してもらいました。
亀井さん は保育士として30年以上のキャリアを持つ一方で、個人的に絵本の作家研究や読み聞かせにも携わる「絵本のプロ」。読書アドバイザーや絵本講師、司書などの資格を持ち、子どもだけでなく大人にとっても絵本が身近にある世界を目指して活動しています。
子どもも大人も楽しめる、絵本の裏側までたっぷりお話を伺いました。
0歳〜『だるまさんが』(かがくい ひろし作)
最初に亀井さんが取り出したのは、鉄板の赤ちゃん絵本『だるまさんが 』です。
「日本で『絵本は赤ちゃんにもいい影響がある』という認識ができたのは、1967年に『いないいないばあ』が発売されたときからだと言われています。その後、数々の赤ちゃん向けの絵本が作られるなか、2008年に発売されたてヒットしたのが『だるまさんが』です」
子どもの遊び「だるまさんがころんだ」の要領で「だ・る・ま・さ・ん・が」と繰り返されて、そのあとにさまざまなポーズや行動につながっていく本書。体を揺らしたくなるリズム感と、だるまさんのチャーミングなポーズは、年齢を問わず楽しめる作品です。
「かがくいひろしさんは、特別支援学校の先生のかたわら絵本作家をされていた方なので、身体的・感覚的なものをとても大事にされている印象があります。人間の持って生まれた『身体を動かす』という欲求を刺激して、仕草を誘発するんですね。そして、思いのままに動く子どもたちを見れば親御さんもやっぱり『かわいい』と思うし、一緒に動けば一体感が出る。この短い絵本のなかで、親子でつながれるんです」
年齢に関係なく楽しめる『だるまさんが』ですが、0歳児でも楽しめるのには、ある理由もありました。
「赤ちゃんは丸い顔のようなものに反応すると言われています。まだ寝返りもしてないような数ヶ月の赤ちゃんでも、白い背景に赤くて丸い顔は認識しやすい。そこにお父さんやお母さんの声が乗っかってくると、赤ちゃんにとっても心地の良い時間になりますよね」
だるまさんがビヨーンと伸びたり、プシューっと潰れたりして、最後はニコッと笑顔で終わる。親子でさまざまな動きや表情が楽しめて、長年付き合える絵本です。
1歳〜『はらぺこあおむし』(エリック・カール作)
1歳児におすすめの絵本は、長年の定番『はらぺこあおむし』です。
「作者のエリック・カールの生い立ちが、絵本作りにも影響しています。彼は自由なアメリカから戦時中のドイツに引っ越し、厳格な環境にとても苦労したそうです。『次世代の子どもたちには、色が溢れた世界で自由に生きてほしい』という彼の願いが込められています」
戦争を生き抜いたエリック・カールの「おいしいものをお腹いっぱい食べてほしい」という想いは、1週間に渡ってむしゃむしゃと食事を続けるあおむしに。「学校に行ったときに最初の一歩でつまづかないように」という優しさは、曜日や数などの学びの要素に表れています。
「子どもたちは、そういった背景はしらなくてもいいんです。ただ、作者の平和への願いや、次の世代の子供たちへの愛情が込められてることは、読んでいるだけですごく伝わってくると思います」
エリック・カールが描き溜めていたというカラフルな薄紙を組み合わせた本書。カラフルでイキイキとしたあおむしが蝶になっていく姿は、子どもにも大人にも希望を持たせてくれる絵本です。
2歳〜『ぷくちゃんのすてきなぱんつ』(ひろかわ さえこ作)
トイレトレーニングを意識し始める2歳児に、亀井さんは『ぷくちゃんのすてきなぱんつ』を選びました。おむつをやめたぷくちゃんが失敗するたびに、お母さんが「おかわりぱんつ」と言って新しいぱんつに取り替えてくれるお話です。
「私自身がこの絵本に出会ったとき、我が子はもう中学生ぐらいでした。でも、この絵本を読んで私、泣いてしまったんです。自分の子どもが漏らしたときに、すごく怒ってしまったことを思い出して、『新しいパンツに交換してあげればよかっただけなのに』って後悔しました。そのときの自分と同じように、トイトレに向き合う親御さんに手渡したいと選びました」
子育ては、どうしても思い通りにいかないことばかり。トイレトレーニングに限らず、食事をこぼしたり、なにかを壊したり。そういうときに「親御さんに肩の力を抜いてほしい」という、作者のひろかわさえこさんの想いも込められています。
「お父さん、お母さんには『そっか、おかわりぱんつって言ってあげればいいんだ』とか『拭いてあげれば済むことだよね』ってことを伝えてくれる絵本。子どもたちは『ぷくちゃんだって失敗してるから大丈夫』と、ぷくちゃんを通して客観的に自分の成長を見ることができるのが素晴らしいところです」
トイレトレーニングを意識し始めたら、ぜひぷくちゃんの挑戦を親子で読んでみてください。最後に出てくるカラフルなパンツのなかから「どのパンツが好き〜?」というやりとりが、子どもたちはお気に入りだそうです。
3歳〜『かいじゅうたちのいるところ』(モーリス・センダック作)
「これは、子どもの“負の感情”と初めて向き合った作品と言われているんです」
そう亀井さんが取り出したのは、1960年代にアメリカで出版され、1970年代には日本にも渡ってきた『かいじゅうたちのいるところ』。主人公の少年マックスが母親に叱られ、自分の部屋に追いやられるところから始まる物語です。
「それまで『子どもは明るく楽しく、毎日ルンルン過ごしている』といった成功体験が絵本の中心でした。モーリス・センダックが初めて表現したのが『子どもだって、自分の怒りや悲しみと戦っているんだ』ということです」
母親に怒られたあと、マックスは怪獣たちの住む島に向かいます。怪獣たちと暴れたり踊ったり、一緒に過ごしているうちにマックスは気が済んだように自分の部屋に戻ってくるというストーリーです。
「“怒り”を怪獣に例えているんですよね。子どもにも怒りの感情があり、それを飼い慣らそうとしているんだと作品化しています。3歳くらいの子どもたちも、自分の負の感情に日々向き合いながらコントロールを試みる年頃でもあるので、この本をおすすめしたいと思います」
実は本書、マックスの心境に合わせて絵柄の大きさが変化していくと亀井さんが教えてくれました。気持ちが解放されたり、落ち着いたり、マックスの心の動きとともに子どもたちも自然と自分の感情と向き合える絵本です。
4歳〜『三枚のお札』(日本の昔話)
「年中さんは昔話にしようと思って」と亀井さん。脈々と伝えられてきた文化や人間の本質が描かれる昔話は、少しずつ社会的な経験を積み始めた4歳頃からが一緒に楽しめるのだそうです。
「今回選んだ『三枚のお札』であれば、ヤマンバから逃れるために小僧がトイレに逃げ隠れるシーンのドキドキ感は、やっぱりトイレを使ったことのある年齢の子のほうがわかります。ヤマンバがしつこく小僧を追いかけてくる場面は、子どもたちもドキドキ・わくわくしちゃうんです」
必死に追いかけてくるヤマンバをお札の力で振り払いながら、なんとか和尚さんの元まで逃げ帰る小僧。最後は、ヤマンバと和尚さんが知恵比べの対決をして、和尚さんが勝ちます。実は、この臨場感あふれるストーリーは、成長する子どもを取り巻く環境のメタファーなんだとか。
「食べてしまいたいほどに子どもが可愛くて、必死に追いかけ続けるヤマンバは母親。そこから逃げる小僧は、自立しようともがく子どもたちです。そして、最後には親ではなく和尚さんという第三者、現代社会でいえば学校の先生や先輩などを頼りにしていきます。子どもたちにも『そうやって成長していくんだよ』と語りかけるのと同時に、読み聞かせる親にも自覚を促す昔話なんです」
最近の昔話にはさまざまなパターンがありますが、大人が本質的な教えまでを汲み取って選ぶことが重要だと亀井さんは言います。例えば、『三枚のお札』でヤマンバがしつこく追いかけてくる描写が端折られていると、「振り切るべき親のしつこさ」が伝わり切らないのだそうです。
「物語を知っているだけで、子どもが大きくなった時に自分の心の揺れや社会への向き合い方が変わってくると思うんです。だからこそ、親自身も楽しみながら同じ昔話を何冊か読み比べて、その真意を考えてみてほしいと思います」
5歳〜『みずとは なんじゃ?』(かこ さとし作・鈴木 まもる絵)
工学博士や技術士として働きながら絵本を作り続けた、かこさとしさんの最後の作品『みずとはなんじゃ?』。身の回りにある「水」を、さまざまな角度から科学的に紹介しています。
「かこさんが絵本づくりのなかで願っていたのは『子どもたちに科学的な視点で世の中を見る力をつけてほしい』ということ。かこさん自身、幼少期は戦争することが正しいと思って生きていたけれど、自分の頭で考えていなかったのだと振り返っています。これから平和な世の中を作っていく子どもたちには、科学的な知識や情報を知り、自分の考えを持って大人になってほしい、と絵本作りをしてきた方なんです」
本書は、暮らしのなかで身近な「水」をテーマにしていることで、命や地球環境の大切さを語る内容になっています。料理にもお風呂にも、トイレにも使われる水の役割を改めて並べ、最後には「水の力を守ろう」というかこさんからのメッセージも。
「こういう絵本は、月日が必要ですね。読んですぐに盛り上がるものではないけれど、言葉にできない感覚を抱えて成長していくなかで、いつか思い出してほしい一冊だなと思っています」
5歳は、自分の感情をコントロールしつつ、頭で考えることができる年齢。自分がどうしたいのか、何をするべきなのか深く考えられるようになって小学校に進んでほしい、という亀井さん自身の願いも込めた選書です。
保育の現場で感じる「絵本の力」
最後に、亀井さんに絵本との向き合い方について聞きました。子育てにおける「絵本の力」とは、どういうものなのでしょうか。
「個人的には、絵本を使うと保育が楽になると思っているんですよね。同じ絵本を読んでいると、他の子どもたちや大人とイメージを共有しやすいんです。子どもたちそれぞれ経験の差はあっても、同じ絵本を読んでいればすぐに結びつくことができるのが、絵本のいいところです」
また、身近にある絵本は“子どもが主体的に関われるもの”だ、と亀井さんは言います。動画やテレビなど受動的に相手のペースで進むのではなく、子どもたちが自分のペースでページをめくる。好きな作品やページを繰り返し読む。子どもたち自身が、自分の感情や外の世界に関わりにいくツールが、絵本なのかもしれません。
「どんな絵本でもいいのですが『とにかくこれが好き!』という絵本と出会ってほしい。繰り返し読んでいくうちに、子どもにとってのかけがえのない一冊になります。その出会いのきっかけを作ってあげるのが、大人なのかなと思っています」
子どもたちの興味が揺れ動き、自分や外の世界と向き合い始める就学前。すぐに一緒に楽しめる絵本や、何年経っても心に残るような絵本まで、ぜひさまざまな出会いを子どもたちに作ってみてあげてください。